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高齢かつ年季の入った子宮内膜症を患っており、どの婦人科に行っても妊娠は難しいと言われていました。3年の不妊期間中、気孔・漢方・断食・・・等々、あらゆる手を使って体の自然のバランスを取り戻し、自然妊娠。37歳にして長男を助産院にて自然出産しました。 その後...40歳で長女を、43歳で次女を出産。3児の母となりました。 このブログでは、主に自然妊娠するために役に立つ情報をご紹介しています。



産後2ヶ月目でようやく床上げし、
少しづつ母の家事の手伝いもできるようになり、
近くのスーパーくらいまでは外出できるようになって、
人間らしい生活に近づいてきました。

「あと1ヶ月くらいすれば、
 母に帰ってもらっても大丈夫かな?」
 
と思っていたら、
今度は関節痛が勃発!

まず階段昇降時の股関節の痛みからはじまり、
膝、かかと、肘、手指、
関節という関節が、油が切れたロボットのように、
ギシギシと痛むようになってしまった。


添い寝で育児している息子を布団から抱え上げることはおろか、
ペットボトルのふたを開けることすら難しい状態に・・・

これは一体ナニゴト?と思い、
ネットで色々調べてみたら、
どうやら産後のホルモンの関係で、
あちこちの関節が痛くなることがあるらしい。
で、生理が再開する頃に治る人が多いらしい。


そんなわけで、日常生活にいまだ不便しております。。
母には悪いけども、息子のためにも、
私の関節痛が治るまでは田舎に帰ってもらうわけにはいかないな、と。

ちなみに産後の関節痛について、
「産後リウマチ」といって、
産後にリウマチになる人も多いみたいなので注意が必要です。

私の関節痛もリウマチの症状にそっくりだったので、
念のため先週、整形外科で血液検査&レントゲン検査しました。
シロと出たのでホッと安心・・・

で、産後4ヶ月の今、
関節痛は少しづつですが、よくなってきているように思います。
もしや生理再開も近いのかな?


産後の肥立ち編は、関節痛を最後にしたいもんですわ。。

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さてさて改めて、
今回のお産(ていうか初産)の講評をしてみます。


なんといっても、臨月に入ってからの1ヶ月、
普通に歩けないほどの"出痔"になってしまったことが、
今回のお産を心身共に、つらいものとしてしまったように思う。。

「お産をラクにするには、安定期にはいったらたくさん歩くこと!」

ってのは常々、助産師さんに言われていたので、

「ましてや私はマル高。臨月に入ったら、一日2時間は歩こう!」

と固くココロに決めていたのに、
逆に臨月から"寝たきり"になってしまったんですもん。。

1ヶ月も寝たきりの生活になったら、
筋肉なんてすっかりなくなりますがな。

体がそんな状態だと、ココロもすっかり弱気になるもので、
「さーお産がんばるぞ!」なんていう意気も自信も、
陣痛中にはすーっかり失ってしまってました。

バースコーディネーターの大葉ナナコさんの講座に行ったときのお話で、

「みなさん陣痛は何時間も続くものと思って怖がっていますが、
 陣痛と陣痛の間には痛みを緩和するホルモンが出るので、痛くないんです。
 眠ることもできるんですよ。」


って聞いて安心していたのに、
これは私には、まったく当てはまらなかった^^;

確かに陣痛の間は痛くないんだけど、
その間は、前の陣痛の痛みの余韻で、
息も絶え絶えになってるわけですよ。
で、ようやく息が整った頃、すぐに次の陣痛がやってくるので、
ほんの数秒でも、眠れるなんてことはなかったんです。

そんな状態が夜通し15時間ず~~っと続いて、
よくもまぁ衰弱死しなかったもんだと、今でも思うっす。
(入院1週間前くらいから睡眠不足もあったし。)

でもまぁある意味、そんな最低最悪な心身の状態で、
陣痛から15時間で自然出産できたってことは、
ラッキーだったと思うべきかもしれない。


で、産後の肥立ちですが、
これも出産の痛みに負けないくらいヒドイ状態!(笑)

まず産後2日目から、
臨月からの出痔による寝たきり状態で、
筋肉がすっかり無くなっているにもかかわらず、
「体中の筋肉がぶっこわれるほどのいきみ」をしたことの弊害が出た。

両腕の筋肉がすっかりイカレてしまい、息子を抱っこするどころか、
文字通り「箸をもつのがやっと」になってしまった。

息子がどんなに泣いても、
抱き上げてやれないせつなさよ。。
これは入院中(5日間)、ずっと続きました。


出痔の方は、出産直後は巨峰だったけども、
退院後はさらに悪化して、ヒマラヤ山脈みたいな状態になった。
(どんな状態や)

円座クッションの上にすら座れないばかりか、
布団上で体を起こすこともできない状態。

3度の食事は、
産前産後に泊り込みで手伝いに来てくれた母が、
布団の横までお膳を運んでくれ、
私は寝たまま横向きになり、左腕のひじをついて体を支え、
右手で食べるという、たいへんお行儀の悪いことになってました。

最低限、トイレの用足し程度の短い距離は歩けるけど、
便座には痛くて座れないので、
立ちションよりも少し体を「くの字」にしての用足し。

結局、円座クッション上に座って食事がとれるようになるまで、
退院してから1ヶ月かかりました。


しかし、あのヒマラヤ山脈状態だった出痔も、
手術することなく1ヶ月でしぼんだと思えば、ラッキーだったと思うべきか?
肛門科の医者も「これは大変なことになった!」と驚いていた状態だったからして。


そうそう、産後の出痔で悩んでいる産婦さんに一言アドバイス(笑)
これは母のアイディアなんですが、
お尻を広げて、患部に直接太陽の光を当て、
じくじくした患部を乾燥させると、驚くほどの速さでしぼんでいきましたよー!

(夫君にも見せられないアワレな姿だけどね・・・)


このように産後の肥立ち1ヶ月は、
ぶっこわれた筋肉の修復と、
出痔の消失に時間と体力を費やされました。

体がしんどいせいか、チチの出も悪く、
産後2週間で早々と、ミルクを少しづつ足すことになります。
(母乳育児についてはまた別の機会に!)


出痔と筋肉が修復された後も、また色々と不調が起こります。。
(つづく)



産後4ヶ月にしてようやく、私の「お産の顛末」を書く余裕ができました~~。

「陣痛の痛み」というものは、
「鼻からスイカを出す」だとか、「ブルトーザーが体の中で大暴れ」だとか、
いろいろ表現されるけれども、私の場合・・・

 マグニチュード10くらいの直下型の大地震が、
 体の中で起こっている


といった感じというか・・・(笑)

とにかくもうズシンズシンと、
自分の体の中で起こってるとは到底思えないすごい振動を感じました。

今となっては「喉元過ぎれば・・・」で、
2人目も早く欲しいなーなんて夫と言い合ってますが、
陣痛の最中は、「こんなん二度とごめんだ~~」ってのが素直な感想で・・^^;

以下、お産の経過です。↓


2月7日、午前1時頃

ほぼ10分おきの、わりと規則的な下腹部痛になる。
「陣痛が、眠れないくらいに痛くなったら来てください」
と助産院に言われていたけども、
実際に、思わず息をのむほどの痛みになってきた。
助産院に「今から行きます」と電話連絡し、夫君に深夜タクシーを呼んでもらう。


午前2時頃

助産院着。
どうも今夜は出産ラッシュらしく、
すでに先客の妊婦さんが3組、ウンウン唸っていた。

さそっく内診してもらったところ、

「子宮口が1センチくらいしか開いてない。
 出産にはまだまだ時間がかかるかもしれない。」

と言われてびっくり。こ、こんなに痛いのにー?

「一旦帰ったほうがいいかも」と助産師さんに言われたけども、
この痛さで出戻りはあまりにツライ。(助産院から家遠いし。。)
なので頼み込んで夫と2人で泊めてもらうことにした。

そのまま夫婦2人、同じベッドで就寝。


午前4時頃

陣痛のたびに、腰がものすごく痛むようになってきた。
しばらく自分の手を腰にまわしてさすっていたけども、
それだけでは耐え切れなくなり、
隣で寝ている夫君を起こし、両手でゴシゴシさすってもらう。


午前5時頃

陣痛が5分おきくらいになり、
かつ腰の痛みがかなり辛くなってきたので、
夫君に助産師さんを呼んできてもらう。

内診してもらったら、子宮口が4センチ開いているとのこと。
「この調子なら、今日の昼頃には生まれるかも。帰らなくてよかったねー」
と助産師さんに言われる。

昼までこの痛みが続くんかい!
でも昼までなら、なんとかもつかも。。


午前8時頃

朝ご飯が運ばれたけれど、とても食べる気になれない。

「陣痛が進むから、無理にでも食べて!」

と助産師さんに言われ、なんとかおにぎりを2,3口かみしめる。


午後13時頃

内診では子宮口が8センチ開となっていたけれど、
ここからなかなか進まなくなってしまった。
陣痛も少し間隔が開いて、10~15分おきくらいになる。

ひ、昼頃には生まれるはずだったよねぇ?
一体あとどのくらい、この痛みに耐えねばならぬのか。。。


午後14時頃

なかなかお産が進まない原因は、
隣でお産に立ち会っている夫君に対し、
私が深層心理下で気をつかっているからでは・・・
という気がしてきた。

私から「出産には立会いをしてほしい」とお願いしておきながら、
夫君にはすっごく悪いけども、
マイナス要因と思われることは、このさいすべて排除しなくては。。

「ごめん、ちょっと一人でがんばってみるから、
 部屋で待っててくれる?」
 
陣痛の合間に、できるだけやんわりとお願いしてみた。
夫君はちょっとショックを受けたような表情をしたけれど、
「わかった、がんばれ!」
といって、おとなしく部屋を出て行った。
あ~~、ごめんよぉ。。

したがってお産の部屋には、私と助産師さん2人が残った。


午後16時半頃

「眠れないほどの痛み」になってから、もう12時間経過している。
陣痛がくるたび、全身に渾身の力が入り、かつ絶叫するので、
もはや体力はすっかり消耗してしまったというに、
それでも陣痛は容赦せず、数分おきにやってくる。。

臨月のひどい出痔で、1ヶ月寝たきり生活だったことが
私からすっかり出産する体力を奪ってしまったのだ。
(もちろんその出痔は、陣痛が進むにつれ、どんどん最悪に悪化中・・・)
本気でこのまま衰弱死してしまいそうな気がしてきた。

ついに助産師さんに向かって、
「もう耐えられません~~」
と弱音を吐いた。
もう自然出産する体力なんて、今の私には無いと思った。
しかし、

「赤ちゃんもがんばってるんだから!
 お母さんが生んであげないで誰が生んであげるの?
 自然なお産をしたいと思ったから、ウチに来たんでしょう?
 だからがんばって!!」

とぴしゃりと言われる。
そ、それは重々わかってるんだけど、
いったいこの体力の無さで、どこをどうやれば生まれるのか?

このときの私は、帝王切開を薦められたら喜んでやっていたと思う。
(薦められなくてヨカッタよ。。)


午後18時頃

ついに日が暮れた。

夕食のおにぎりが運ばれてきたけれど、
当然痛みで食べられない。
よくまだ死なないものだ~~と思ってしまう。
(陣痛じゃ死なないってホントなのね)

「陣痛つけるために、無理にでも食べて」と助産師さんにすすめられ、
汗を額からぽたぽた垂らしながら、2、3口にする。

確かに、ご飯をたった一口、飲み下した瞬間に、
すごい陣痛がくるから驚きだ。
おにぎりは、助産院ではナチュラルな陣痛促進剤だね。

このころにはようやく覚悟が決まってきて、

「こうなりゃ出痔がどうなろうと、体中の筋肉がぶっこわれようと、
 死ぬ気で生みおとしてやる!!」

といつもの私の体育会系気質が戻ってきた。


午後19時頃

死ぬ気の覚悟が決まったところで、
何度も階段の上り下りをして陣痛をつける。

「階段をかけのぼって、かけおりてくるくらいすると
 いい陣痛がくるから!」
 
といわれてチャレンジするが、かけのぼるのは無理でも、
かけおりることはなんとかできた。
で、かけおりる途中で、ものすごい陣痛がキターーーッ!

あわてて分娩イスに座って、助産師さんに体を支えてもらって、
いきむこと3回。
このローテーションを何度も何度も繰り返す。

いったい何回繰り返したのか?20回くらいか?

「あともう少しよ!」

と助産師さんに言われるが、あと少しってどのくらいなの~!

「あ、あ、あと何回、か、階段昇降したら、う、生まれますか?」

なんて聞いてみたが、それは「わからない」と。ふえ~~。

いきむときに、助産師さんは私の出痔がこれ以上出ないよう、
指で押さえてくれるのだけど、
肛門を押さえられると、何故だかうまくいきむことができない。

なので「こ、肛門は押さえないでください~~」と言って親切を無にする。

いいんだもう。
早く生まれてくれるなら、出痔なんてどうなっても。

この頃になると助産師さんは、陣痛の合間に、
ホメオパシーのレメディをぽんぽん口にほうりこんでくれた。
ホメオパシーを取り入れているとは、さすが助産院。


午後20時頃

一体何回、階段昇降をしたのか。。

いきみが終わるたびに、助産師さんが私の下腹部に心音計を当てて、
赤ちゃんの心音を確認するのだけど、
だんだん、助産師さんの口数が少なくなり、
表情が曇ってきているのがわかる。
赤ちゃんの心音が弱っているのだろうか?

焦ってきた私は、
ガニ股でふらふらヨレヨレ、
夢遊病者のように朦朧としながらも階段昇降に向かう。
さながら瀕死のパンチドランカーのボクサーのよう。

「もう頭が見えてるのよ!」

という助産師さんの声に元気づけられ、
最後の力を振り絞って、いきみ続ける。

この頃になると陣痛の合間、助産師さんは一生懸命、
私の会陰が裂けないようにオイルを塗り、
ぎゅうぎゅうと伸ばしてマッサージしてくれた。
これが結構痛くて、マッサージのたびに陣痛がついた。


午後20時40分

20時を回ってから、
階段昇降&体中の筋肉がぶっこわれるほどのいきみのローテーションを
5回くらいしたあたりで、
突然、我が息子がすぽーん!と生まれた。
頭が出たら、肩から下も一気に出た!
(普通は頭が出たら、次の陣痛(いきみ)で肩から下を出すらしい)

それを分娩イスの下で助産師さんがはっしと受け取り、
血と羊水でぬらぬらしている息子を、
「さあ、胸に抱いてあげて!」といって私に手渡してくれた。

息子との初対面は、
「感激」や「感動」という気分には程遠く、

「や、やっと終わったのね?私まだ生きてるのね?」

という半信半疑な気持ちというかなんというか・・・(笑)


私の息が落ち着いてから分娩イスを降り、
おんぎゃおんぎゃと大きな声で泣く息子を抱きつつ、
へその緒がつながったまま、自力で歩いて横のベッドに移動。

「だんな様、呼んできますね!」

と助産師さんが2階にかけあがり、夫君を連れてきた。
へその緒を切るのは、夫君の役目だ。

助産師さんのリードに従って、
まず息子に初乳を吸わせ、へその緒の脈動が途切れるのを待って、
夫君によるへその緒のカット&助産師さんによる写真撮影。
その後、胎盤排出。

かねてから望んでいた通りに、
「助産院での自然なお産」の産後の処置は進んでいるのだけど、
私はとにかくぼ~っと脱力しているので、
なんだか夢の中の出来事のように一連の出来事が過ぎていく。

最後に、助産師さんが会陰の傷を確認し、

「産道にほんの細かい傷はあるものの、
 会陰裂傷はひとつも無いですよ。
 産道の傷も、なにもしなくても自然治癒するでしょう。」

とのこと。
わーい!念入りにオイルマッサージしてくれたおかげだ!

しかし、、、出痔はとんでもないことになっていた。
サボテンの花状態というか、大粒の巨峰が鈴なり、というか・・・

助産師さんが指で出痔をぎゅうぎゅうと押して、肛門内へ戻そうとしてくれたけど、
これは押したところで戻らないだろうと私は悟った。
なによりも痛いから、「押さないでください~」とお願いし、
再び親切を無にする。

とにかく無事に生まれたんだ。
出痔の治療は退院してから考えよう。


午後22時頃

夫君が息子を抱いて、2人で入院用の部屋に移動。
出痔は痛いが、なんとかヨロヨロと歩ける。

すでに敷いてあった私と夫君の2人の布団の間に、
生後2時間の小さな息子を、そっーと寝かせ、
親子川の字で眠りにつく。

まだ母としての自覚がないのが我ながら不思議だけど、
世界一大切な存在が、私の隣に寝ていることだけがわかった。